実の父がレッサーパンダだった時の話

小学生の時、学校が終わっていつものように家へ帰ると、珍しく母親がテレビも付けず椅子に座っていた。

目をつぶり眉間にシワを寄せていた母親にどうしたのか尋ねると、ゆっくりと俺の方を見てこう呟いた。

「今まで黙ってたけど、言わなきゃいけない大事な話があるからコッチに来て」

 

こんな深刻そうな母を見るのは初めてだった。

今から何を聞かされるのだろう。心臓の鼓動が徐々に高まっていくのがハッキリとわかった。

 

「今まで黙ってたけど、勇斗の今のお父さんは本当のお父さんじゃないの」

驚きのあまり、言葉を失った。

しかしそこに悲しみは無く、冷静ともまた違う別の感情が押し寄せて来た。

血は繋がっていなくとも、血よりも大切な何かで繋がっていた今までの人生を振り返ると、何だかどうでもよく思えたからだ。

 

「......そうだったんだ。それで、本当のパパは?」

レッサーパンダよ」

 

何言ってんだコイツ。ぶん殴ってやろうか。

こんな大事な話をしてる時にレッサーパンダという単語が出て来るとは思ってなかったので、脳がおかしくなったのか、突然具合が悪くなった。

目をつぶりゆっくりと深呼吸をし、改めて聞いた。

「いや、あの、そうじゃなくて、俺の本当のお父さんは今どこで何やってる人なの?」

上野動物園で元気に暮らしてるみたい。あと人じゃなくてレッサーパンダね」

「飼育員ってこと?」

「いや、だから、人じゃなくてレッサーパンダなの。何度も言わせないで頂戴」

 

なんでお前がキレ気味なんだと机をひっくり返そうとしたが、俺は怒らない。だって勇斗はもうすぐ5年生なんだもん。

 

「来週の月曜日、北海道の旭山動物園の方へ転勤になったみたい。だから大きくなった勇斗の顔をもう一度見てみたいって」

 

何が転勤だ。移送と言え。

どんな顔してレッサーパンダに会えばいいんだ。真面目に聞いてるのが馬鹿馬鹿しくなって、テキトーに返事をしたあと自分の部屋へ戻った。

 

そして約束の月曜日が訪れた。

もうすぐ来るからという母親の言葉も半信半疑のまま、俺は部屋でゲームをしていた。

昼過ぎになり、眠くなってきたので寝ようかと思った次の瞬間、家のインターホンが鳴った。

嘘だろと思いながらモニターを覗き込むと、本当にレッサーパンダが立っていた。

 

「........はい」

「...........」

 

レッサーパンダは無言のままインターホンのカメラを凝視する。

沈黙を破るかのように母が玄関の扉を開け、レッサーパンダを家に招き入れた。

 

「あ、あの...。俺の本当のお父さん...ですか?」

恐る恐る聞いてみるが、レッサーパンダは俺の顔をジッと見つめたまま何も答えない。

 

「いやあねぇ。レッサーパンダが喋るわけないじゃない」

 

喋るわけないレッサーパンダとの間に子供を作っといて何言ってやがると、母の顔面に拳を叩きつけようと思ったが、一応感動の再会中なので我慢する事にした。

 

イメージでは、見た目がレッサーパンダなのに「おー勇斗久しぶりだな。大きくなったな」とか言ってくる感じのを想像していた。

だが現実ではマジのレッサーパンダだった。ガチの奴。一切喋らない上にちょっとだけ獣の臭いがする。

 

その後もレッサーパンダは冷蔵庫に登ったり、洗面所でフンをしたり、とにかく最悪だった。

 

もしも僕のお父さんに会いたい方が居ましたら旭山動物園へどうぞ。どれが丸谷さんのお父さんかわからない!という方、ご安心下さい。

僕もどれがお父さんか未だにわかりません。